カトリック福岡司教区100周年記念
100周年感謝ミサまで D-394
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「神秘に満ちた苦しみの価値」
その祈りの一節に安らぎを見出したのは、山鹿教会の求道者である春木雄一朗さん(44)。病気で全盲となり暗闇に閉ざされてしまった春木さんは、お寺や神社、占いなどに何らかの救いを求めていたが、「希望の光」を灯してくれたのは、偶然に出会ったカトリック教会だけだという。この春洗礼を控えている春木さんの長い道のりは、まさしく「闇から光へ」の体験と言っても過言ではないし、イエスへの信仰の力を証明する話でもある。
熊本市出身で山鹿市に住んでいる春木さんは、40歳になるまでごく普通の生活を送っていた。温泉施設の役員で、妻や息子と三人で暮らしていた。そして2020年4月25日未明に突然倒れた。昏睡状態が一週間以上続いたが、やっと病床で意識が戻ったところ、目を開けても周りが全て真っ暗だった。
空手を習っていた頃の凛々しい春木少年
A.小学生の頃、空手を習い警察官になりたいという夢を持ったりもしました。結局、小学校6年生の時に空手をやめたと同時に、それは夢で終わりました。
中学、高校を卒業後、大学には進まず、地元のイタリアンレストランに就職しました。その後20歳の頃、本格的なシェフを目指して上京して、ここでは10年間頑張ったのですが、父が病に倒れたため、一度熊本に戻り、父が地元で営んでいた飲食店を手伝うことになりました。
熊本市出身で山鹿市に住んでいる春木さんは、40歳になるまでごく普通の生活を送っていた。温泉施設の役員で、妻や息子と三人で暮らしていた。そして2020年4月25日未明に突然倒れた。昏睡状態が一週間以上続いたが、やっと病床で意識が戻ったところ、目を開けても周りが全て真っ暗だった。
空手を習っていた頃の凛々しい春木少年
A.小学生の頃、空手を習い警察官になりたいという夢を持ったりもしました。結局、小学校6年生の時に空手をやめたと同時に、それは夢で終わりました。
中学、高校を卒業後、大学には進まず、地元のイタリアンレストランに就職しました。その後20歳の頃、本格的なシェフを目指して上京して、ここでは10年間頑張ったのですが、父が病に倒れたため、一度熊本に戻り、父が地元で営んでいた飲食店を手伝うことになりました。